The second slope

 

 

―――人間を幸せにするのがオレの仕事だって言っても、人間にとっての「幸せ」が何かなんて決め付ける事はできない。

あの子供だって、こんな場所で生きていくんなら、天国や地獄が、ここよりましなら死んでも構わないって顔してる。

ま、実際は天国も地獄もそんないい所じゃないけど。

一応オレみたいな天使でも、人間を「幸せ」にするっていう義務を果たすために考えるワケ。

あいつにとっての「幸せ」が何かって事を・・・。

 

 

空はすっかり赤く染まり、今にも少年たちがいる所まで迫ってきそうだ。

海があるカルマの坂の向こう側から、冷たい風が吹いてくる。

さっき盗んできたパンを1つ、それと少年の分を半分食べた後、薄いシーツにくるまって弟は眠ってしまった。

本当なら、もっと栄養のある物を食べさせてあげたい。もっと暖かい場所で眠らせてあげたい。

「神様、どうして僕らだけ愛してくれないの?」

弟の寝顔を見るたび、そして、行列の中の少女を思い出すたび、切なさと怒りが込み上げてくる。

彼女はうつむいていたが、瞳に溜まったたくさんの涙が見えた。

少年の理解する「人が売られる」という意味は、間違っていなかったようだった。

彼女の悲しげな、絶望を背負った瞳が、あの時聞いた金属音と一緒になって頭から離れなかった。

 

「おい、坊主」

 

突然の声に、少年は驚き、辺りを見回した。

だが、誰もいない。きっと空耳だ。

 

「おーい。無視すんな」

 

気が付くと、目の前に若い、黒髪の男が立っていた。

その男には、普通の人間にはない体の一部が備わっていた。

白い羽だった。

声も出ない少年をよそに、男は続けた。

 

「オレは今日、ずっとお前を見てたんだ。で、街の行列の中に綺麗な女の子がいたのを見たろう?

お前さんがあの娘に釘付けになってるのが分かったよ」

 

目の前の男が何者なのか、そもそも何故自分の事を知っているのか、理解のしようがなかった。

その上、あの少女の事まで喋り始めた。

 

「あの娘達はなぁ、ほら、お前も知っているはずだ。

カルマの坂を越えた所のお屋敷。あそこの主人に売られる行列だったんだよ」

 

「・・・・・だから何だって言うんだ」

 

何故か突然現れ、少女たちの事を軽々しく口にした男を睨み付けた。

 

「お。いい眼してんじゃねぇか」

 

背中に付いた暖かそうな白い羽とは逆に、凍るような冷たい瞳が見えた。

 

「お屋敷の主人が憎いんだろう?

あの薄汚い手が彼女に触れるのを、許せないんだろう?」

 

あまりにも的を射った言葉で、最初強気だった少年も答える事ができなかった。

 

「なら、こうしろよ・・・・」

 

耳打ちされたいくつかの言葉。

彼の唇が耳から離れると、少年は何も言わずに立ち上がり、歩き出した。