The last slope

 

 

あたりは、もう夕暮れになっていた。

あの男が言うには、「剣を盗んで、『金持ち』の家に行け」という事だった。

なぜ突然現れた、得体の知れない奴の言いなりになっているのか自分でも分からなかったが、

少年は今、確かに剣を手に取っていた。

その場所は、今まで耳から離れなかった金属音のありかだった。

夕闇の中で光るそれは、不気味に少年を誘っているように見えた。

まだ子供の彼にとってはどれも大きいにかわりはなかったが、その中で比較的扱いやすそうなものを選んだ。

ゆっくり持ち上げてみると、ずっしりとした重みを感じた。

その剣を持ち、『金持ち』の家へ向かうためにカルマの坂を登って行く。

どうにか走ろうとしたものの、重たい剣を引きずっているために、いつものような“風”にはなれなかった。

 

坂を登りきり、切れた息でしばらく歩くと、『金持ち』の家が見えてきた。

少年の背をゆうに越える高さの門の前に立ち、あの少女、そして主人がいるであろう屋敷を見上げる。

幸い、外には見張りがいないようだった。

だからといって、正面から突っ切って行けたとしても、これだけたくさんの部屋の中から彼女のいる所を

見つけ出すのは難しいだろう。

それに、こんな重い剣を引きずっていては、すぐに捕まってしまう。

そんな事を考えながら立ち尽くしていると、見覚えのある顔が横にある事に気が付いた。

あの男だ。もしかすると、付いて来ていたのだろうか。

「こんだけでかい家じゃ、坊主1人で攻めこむのは無理だな」

こいつは、いつも自分の心を読んでいるかのような台詞をはく。

それがなんだか気に入らない。

「手助けしてやるよ。・・・その代わり、お前が死んだ時の魂は、オレのものだからな」

言葉の意味が全く分からないまま、突然羽を広げた男に抱きかかえられ、少年の体は宙に浮いていた。

「野郎を抱くのは趣味じゃねぇんだけどな」

またよく分からない事を言われたが、「あの白い羽は、飛ぶためにあったのか」ふと少年は思った。

「ここだ」

いつの間にか、屋敷の中のある部屋の前まで来ていた。

「・・・あんたはどうして・・・」

抱きかかえられたまま、少年は何か訊こうとしたが、何から訊いていいのか分からなかった。

それでも男の事を少しでも知りたいと思ったのは、彼と会うのがこれで最後になるような気がしたからだった。

そんな少年の胸の内など全て分かっているという風に、男は静かに微笑み、少年を廊下にフワリと下ろした。

「行け」

力強く背中を押された。

もう後には引けないのだと、剣を強く握り締める。

彼女の瞳に溜まっていた涙、悲しげな影が、何度も頭をよぎった。

男が、扉の鍵を開けた。どんな力を使ったのか知らないが、羽のある男が今更何をしようと驚かない。

少年は、扉を開けた。

 

この後どうなったかは、少年だけが知っている。

確かな事は、少年が2人の人間を殺めてしまったという事実と、少年の感じている空腹だけだった。

すっかり夜も更け、月明かりがひっそりと静まった街を映し出す。

その光を浴びながら、男は大きな翼で散歩をしていた。

 

 

―――オレ達は、人間を幸せにするのが仕事だ。報酬は何なのかって?

あんたら人間の『金』は、オレ達から言うと『人間の魂』。

その魂が若い程、高い値打がつく。大人みたいに穢れてないからな。

あの少女の魂はすごく綺麗だった。こりゃあ高いだろう。

オヤジはどうなったか知らねぇけど。あんな魂興味ねぇし。

これでまた出世に近づいたかな♪

 

微笑むだけが、天使じゃない。